BMXで12年間日本1でいられた4つの理由

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BMXで日本一になるためにやった5つのことなんてエントリーを偉そうに書いてみたが、日本一になってから12年間日本と海外の大会で45回1位になっている。
22歳から34歳まで大会で1位になることがよくあったということだ。
そして、1位で居続けた理由がある。
なぜかというと、他のライダーと考えていることと、見ていることが全く違ったからだと思う。
それについて書いてみる

東京駅八重洲口にあった壁でのウオールライド

僕が思うに下の4つの理由があると思う

BMXで12年間日本1でいられた3つの理由


  • 1.常に目標を持って練習していた

  • 2.BMXに乗ること以外にトレーニング、食事などにも気を配った

  • 3.日本市場よりも世界市場を考えていた

  • 4.働いて遠征に行く経済力も作っていた

1.常に目標を持って練習していた

毎回練習するときは練習したい技、クリアしたい目標とかテーマを持って練習していた。

僕は大学生のときから社会人のときは基本BMXは平日に練習することはあまりなく、週末土日の2日間でガッツリ練習していた。
だから、週末に練習するのが楽しみでしょうがなかったし、練習するときは集中してたくさん乗っていた。
とにかく、自転車に乗るときは自分が何をやりたいのか、先週よりもどれぐらいうまくなりたいのかを考えていた。
例えば、エアー、ヒップのジャンプでは先週よりも30cm高くなることを目標にしていた。
毎週30cm高くなれば1ヶ月4週間で120cm高くなる。
でも、実際はそんなに早いペースでエアーが高くはならないが、そのつもりで毎週練習するといいペースで上達する
下の写真はスパインという富士山のような尖ったセクションで高く飛ぶことをテーマにしていたときの写真だ。

以前、スパインで高く飛びたくて飛びたくて練習した結果が下の写真

今も、スパインは大好物のセクションで、まだ普通のライダーよりは高く飛べるんじゃないかな

現役の後半は自分のライディングテーマを「鬼コギぶっ飛び」としていた。
とにかくぶっ飛ぶことをテーマとして大会、練習で乗っていた。
ということで、毎回練習するときは目標、テーマを決めて乗っていた

 


2.BMXに乗ること以外にトレーニング、食事などにも気を配った

BMXの練習以外にも、身体のことをとても気をつけた。
特に食生活と筋トレについては、より優れた身体になるためにちょっと勉強しては筋トレ頑張り、食生活も改善した。

アメリカに行ったときに驚いたのが、友達がベジタリアンだった。
最初は冗談だと思ったが本当に肉を食べなくて僕は驚いた。
次に当時トップライダーの何人かがお酒を飲まないということを聞いた。
当時の僕は自転車に乗る前日はお酒を飲まないようにしていたから、
これを機にお酒を辞めてみた時期があった。

カナダでJay Mironと食事をしているときの1枚
18_113.jpg

そして、筋トレだ。
よりBMXを軽く扱えるようにと、怪我をしにくい身体を作るために筋トレを頑張ってやっていた。
筋トレを頑張ってやっていると、筋トレをするだけでは不十分ということが分かり、栄養についても勉強した。
そして、アメリカの大会に行ったときには、現地でプロテイン、最新のサプリメントと本をよく買い込んでいた。
アメリカではプロテインなどのサプリメントは最先端の物が売っていて、倍の量が半額で買えた。
26歳のときの僕は下の写真で、常に体脂肪率は10%より低かった。

mybody.jpg

しかし、30歳なってパーソナルトレーナーからヨガを薦められたことをきっかけに筋トレを辞めてヨガを始めた。
ヨガを始めてから柔軟性、バランス感覚、そして鍛えることが難しいハムストリング(モモ裏)の筋肉を鍛えることができて体が調子よくなった。さらに精神的にも落ち着いたため、大会での自分のコントロールがよりできるようになり、BMXがうまくなったと感じた。

とにかく、いろいろ試してみて効果を見るサイクルを繰り返すことが重要だ。
あえて言うなら筋トレよりもヨガをススメる
とにかく、BMXにクレイジーになっていた時期だったから、BMXが上手くなるためにBMX以外のことも頑張ってみた。
同様のことはアメリカのトップライダーたちも考えるみたいで、「トップライダーであり続ける秘密 ダーダン エフェクト(darden effect)」に詳しく書いている

まとめるとBMXだけ頑張るのではなく、より広い視点で自分という人間をどう高めていくのかを
BMXスキル、肉体、精神など複数視点で考えて、行動することが重要だと思う。

 


3.日本市場よりも世界市場を考えていた

日本の大会で勝つことよりもアメリカの大会などの世界イベントに出て世界のメディアに出ることを目標にしていた。
だから日本の大会で勝つことがゴールではなかったから、日本の大会で勝つことに満足せずにどんどん先に行っていた。
結果、日本の大会で勝ち続けることができたのだと思う。

1998年にフロリダの大会に出場したときに撮影された写真がアメリカの雑誌に出た

日本での大会に初めて優勝してから、3回以上優勝した後に初めてアメリカの大会に行った。
アメリカの大会に初めて参加したときは、世界で有名な憧れのライダーたちと一緒に大会で戦うことになり最高に緊張した。
しかし、その大会では他のライダーがやっていない技をやったおかげで出場したEXPERTクラスで2位になり海外のビデオに出演し世界のBMX業界で名前が売れた。
これをきっかけに年に1回は海外のメディアに出ることを目標にして、海外の大会でどのようにして活躍しようと考え始めた。
そうやって海外の大会に出続けると徐々に名前がいろんな海外メディアに出るようになり、1つの結果として、海外のBMXメーカーから直接スポンサーを受けるようになった。

とにかく、日本の大会で1,2,3位になったからといって満足してしまうと、自分の置かれている位置に満足してしまい、すぐにトップライダーの座から引きづり落とされると思う。
ダーウィンの進化論のように変わり続けなければ生き残れないのだ。

1999年に日本にアメリカの雑誌が取材に来たときに僕のことを撮影して雑誌に掲載してくれた

日本にいたときは、次にアメリカに行ったときにどんな新しい技をやろうかと常に考えていた。
そして、アメリカに行ってその技をやる、回りのライダーをビックリさせることはたまにあるが
たいていはアメリカのライダーたちがすごいスピードで進化していて、僕がボコボコに精神的に挫折することが多かった。
面白いのが、アメリカで精神的に挫折しながら大会で出場した後に日本に帰ってくると上手くなっているんだ。
たぶん、アメリカで挫折して意識が変わるから身体の動きも変わるのだと思っている。
だから、毎回海外遠征をして帰国するたびに日本のライダーとの差を広げていった。

大事なのは、視野を国内にとどめるのではなく、もっと広い視野をもってチャレンジし続けることだ

 


4.働いて遠征に行く経済力も作っていた

経済力についてあまり言及されることは少ないように思えるが、よく現役のトップライダーに「アメリカに行って戦いなよ!」と言うんだけど、「お金がないんっすよ」なんて返事されることがよくある。
確かに世界の大会に出るにはお金がかかる。
飛行機代、現地での宿泊費、移動費用など合わせると20万円にはなるだろうか。

幸い僕は大学を卒業して実家に住みながら商社系IT企業に勤めて、飲みには行かなくBMXに集中していたためお金が貯まった。
だから毎年、1回〜2回BMXを持って海外に行き続けることができた。

大事なのはつべこべ言わずに現地に行くことだと思う
そのときに経済的な要素が障害になる人が多いと思う
だから、自分をそういう状態にしないように常に努力、働くことが大事だ
スポンサー企業、親のお金をたよりにすると1,2回は海外に行けるが、10回は行けない。
とにかくたくさん行けるように経済的にも頑張らなければいけない。

 


最後に

僕は日本のBMX市場で1回優勝することは、素晴らしいことだ。
それは自転車のスキルが優勝した時期のみ日本1なら可能で、
要は自転車にスキルを磨けばいいと思っている。
ただ、優勝し続けるということは日本市場で続けて1位でいる必要があるから、
こうあるためには自転車のスキル以外にも気を配る必要がある。
それが、上に書いた4つのことだと僕は考える。
特に3.日本市場よりも世界市場を考えていたが大事だ。
自分の意識を変えるのが何事も1番最初でそこから、行動、習慣を変えていくことで自分のなりたい姿に近づいていく。

僕は海外にチャレンジするのは楽しかったが、同時に大きな挫折を味わい続けることとなった。
どうして、一番得意なBMXで海外に行って毎回挫折してでも海外にチャレンジし続けたのだろう?
僕の場合は下の2つのことがあるのかな


  • 1.BMXというスポーツと人間はチャレンジすることに価値を見いだし、僕はチャレンジし続けたかったから

  • 2.僕自身、アメリカに行ったときに日本だけにいると井の中の蛙になることが分かり、それがイヤだったからだろうな

う〜ん、でもよく考えてみると、自分のDNAには進化し続けないと死んでしまうということがインプットされていて
それに基づいて行動しただけなのかな

なんか、そんな風に思う。