Alistair WhittonのMacneilでの10年は長いようで短いと感じる

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プロBMXライダーで友達のAlistair Whitton(アレスター ウイットン)がMacneil Bikesのチームメンバーから外れた。
Macneilに在籍した10年間は長いようで短い、しかしその間にアレスターはたくさんのことを行い、彼は家、家族そしてライダーとしての名声を得た。
下の動画はアレスターがMacneilに向けての感謝を表したビデオだ。



 

アレスターとの出会いと付き合い

僕がAlistair Whitton(アレスター ウイットン)と始めて会ったのは2000年夏のアメリカ ペンシルベニア州のWoodward Campだ。
当時アレスターは無名のライダーでスポンサーは何もついていなかったが、彼のBMXライディングは凄く、力強くて素晴らしかった。
僕がWoodwardから日本に帰国して数ヶ月後には、Ride UK(イギリスから世界に発信しているBMX雑誌)で大きくアレスターの写真が掲載された。
それから、アレスターのBMXプロライダーとしての快進撃が始まることになった。
2001年にMacneilのプロライダーとなり、2001年初めてX−GAMESに出場し、銀メダルを獲得した。
アレスターは世界的に有名なライダーとなった。
世界的に有名なライダーとなってもアレスターは気さくで前とまったく変わらない素敵な男だ。
僕はアレスターとはMacneilで同じチームメイトとして活躍させてもらい、引き続き仲間として付き合うことができた。

さらに、2006年にアレスターたちと1週間練習をしたときには、いろんなことを教えてもらった。
その中で印象的だったのは、アメリカの旅、450JAMで学んだこと【意志の力】で書いている"意志の力"だ。
アレスターはイギリスからアメリカに乗込んでプロライダーとして生計を立てている。
そこまでやるには相当な強い意志の力を彼は持っている。
だから、今後も生きる上ではどうにでもサバイブしていくのだろうと僕は思うんだ。

 

10年間プロライダーでいる凄さと今後

プロライダーとして10年間、1社のメーカーのスターライダーとして活躍するのは凄いことだ。
同様にスターライダーとして1社で活躍し続けてたライダーとして、僕が思いつくのはHaro BikesでのDave MirraとRyan Nyquestだろう。
アレスターはまだ、Rock Star、VANS、Shadow Conspiracyなどのスポンサーがついているが、数年前のようにDew Tourのような大きな大会への出場が減っていることも確かだ。
プロライダーの世代交代の波が押し寄せていて、それに押されているのかもしれない。

しかし、アレスターは賢い男でライダーとして食べていく道、以外にもWoodwardの経営、運営を手伝うという道もあるのだろうと僕は予想している。
僕は友人として、プロライダーとしてアレスターの今後の活躍を非常に楽しみだ。