ラッキーになるためにラッキーだと思う

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おきらくな僕は毎日のようにラッキーだと思っている
かたや職場で一緒の人でどうも自分をアンラッキーと思っている人もいる
本当はどうなんだろうね?

ラッキーの判断基準が曖昧ならラッキーだと思ったほうが得かも

そもそもラッキーかアンラッキーというのに物差しってあったけ?
うんこを踏んだらラッキー度1、好きな人からメールの返信が来たらラッキー度5!という基準が無いよね?

ここでさくっとラッキー度5段階を勝手に作ってみてもいいかも、ということで書いてみる

勝手に決めてみるラッキー度の定義

ラッキー度5: 好きな人と気持ちが通じ合った!いいことがあった
ラッキー度4: 仕事、勉強の調子がいい!
ラッキー度3: 今日も健康で普通に生活している
ラッキー度2: ちょっと仕事、勉強が辛い
ラッキー度1: うんこを踏んだぐらいショックなことがあった

いやいや、こんなこと定義してもしょうがないよね
人によって感じ方違うし、ラッキー度1の”うんこを踏んだ”ときに「俺、運が付いているぜ!」とラッキーに思う人もいる

ってことで、ラッキー度というのは相対的で基準があるわけでもない
たぶん、「俺ってラッキー!」って勝手に思い込んだ方が自分の気分がいいと思う

一緒にいるのならラッキーだと思っている人のほうが楽しい

では、一緒に遊んだり、仕事をするのなら、「俺ってラッキー」と思っている人か、「俺ってアンラッキー」と思っている人のどちらがいいだろう
僕は断然「俺ってラッキー」と思っている脳天気な人と遊びたいし、仕事をしたい(笑
理由は、そのほうが気持ちよく仕事ができるし、僕もラッキーになれそうだからだ
逆に俺ってアンラッキーと思っている人と一緒に仕事をしたら、自分までもアンラッキーな雰囲気に飲み込まれちゃいそうだ困っちゃう


前向きでラッキーだと思っているほうがピンチを切り抜けられるかも

生きていると壁にぶつかる、壁を乗り越えるときには相談できる相手がいることも大事だけど
一番大事なのは自分の考え方なのではないだろうか?
楽天のミキタニさんが辛い時期はあったかと聞かれて、無い、伸びるプロセスだから辛いときはなかったと回答をしていたを薄っすら覚えている
また、外資系戦略系コンサルタント日本法人の社長さんと先日飲んでいて、彼が言っていたのは
「僕には落ち込む才能が無い」と言い
初めての大変そうな仕事でも部下には「これがプロジェクトができたら日本で始めてやったことになるんだぞ!ラッキーだと思わないか?」と言って、すごいプロジェクトに誘うみたいだ
以前、歌手の谷村信司さんのお仕事をしましたが、ちょっとしたトラブルがあり谷村さんとお話しをしたときに谷村さんは「トラブルがあれば解決すればいいだけだ。「俺は常に前向き」と強く言っていた
数々のピンチを切り抜けトップに来た人たちが前向きでラッキーだと思っているみたいだ


前向きで明るい人・ラッキーだと思っている人に人が集まりやすい

仕事、プライベートで一緒にいたいと思う人は、自分のことを「俺ってラッキー」と思っているか、「俺ってアンラッキー」と思っているのとどちらがいいだろう?
自分なりに考えてみると、僕は前向きでラッキーと思っている人の回りにいるほうが楽しい
逆に後ろ向きで「俺ってアンラッキー」と思っている人と一緒にいるのがあまり好きではないし、
こっちも後ろ向きなりそうでエネルギーが吸われる感じがする
また、僕がその人を前向きに変えてみようと思っても、大きな労力がかかり自分が疲れるだけで本人への影響はあまり無い
他人を自分が変えるなんておこがましいのでその前に自分を変えたほうがいいと思うんだけどね
何はともあれ前向きで「俺ってラッキー」と思っている人と一緒にいるほうが気持ちいいので、後ろ向きの人よりは人が集まりやすいんだろうね
結果、人、仕事、お金などが集まりやすくなるのかもしれないだろう


僕の場合どうだろう

いろいろ書いてみたが、「俺ってラッキー」と辛いときでも自分に言い聞かせてみるのがいいと僕は思っている
しかし、年始から最近まで仕事がとてもヘビーでどうしよ〜もなく辛かったときがあった。
僕は下のように思った

最初に思ったこと
”もう〜こんな辛い仕事嫌だ”
”次は楽な仕事がしたい〜”
”鬱病になっちゃいそう”

しばらくしていると、このままじゃ嫌だから、発想を変えてみて下のように考えるようにした

しばらくして思ったこと
”今回何が悪かったんだ?原因を考えて次にはもっと良い仕事するぞ”
”これを乗り越えたら、俺はバージョンアップする”
”こんな辛い仕事、みんなやらないだろう!それができる俺ってラッキー”

僕もまだまだ修行だな〜
皆さんはどう考えているの?